多様な「コーピング」

2016年4月22日

今回はバーンアウトに陥らないための「対策」についてお話します。
対策には個人向けと職場全体の組織向けとがありますが、今回は、個人で行える対策について説明します。

心の健康状態を正しく知ろう

バーンアウトが生じるのは、学校の組織特性や児童生徒、同僚などとの人間関係の問題が大きいと言われており(※1)、きっかけになる個人的要因がバーンアウトを加速させる(※2)と言われています。
バーンアウトに陥らないようにするためには、まずはご自身の心の健康状態について正しく認識することが重要です。ご自身のストレスに気づき、どのように対処したらいいのか、「コーピング(ストレス対処)」を中心にお話ししたいと思います。

シリーズ第3回目「『バーンアウト』発症の契機」でもお話ししましたが、バーンアウトにはストレスの発生が大きくかかわっています。

何らかの刺激(保護者との関係がうまくいかない、事務処理が追いつかない、授業準備が進まないなど)があり、それを脅威だ、大変だと評価することで、刺激がストレッサーとなります。それが引き金となり、怒りや不安といった感情を引き起こします。
また、緊急事態に対応するために心拍数が増えたり、血圧が上がったりと、感情や体に変化を起こす「ストレス反応」も深くバーンアウトにかかわります。

ストレスの対処には、刺激の「認知的評価」に対するコーピングと「ストレス反応」に対するコーピングがあります。

「認知的評価」に対するコーピングは「回避」も有効

まず、「認知的評価」ですが、これは、いろいろな刺激に対してどう考えるか、どう捉えるかということを意味します。

たとえば、何度注意しても言うことを聞かない児童生徒がいたとします。改善されるどころか、どんどんと悪くなり、授業が落ち着いてできません。そうすると、ほかの児童生徒も落ち着かなくなり、叱ってばかりとなり、その結果、学級全体の雰囲気が悪くなる…。

このような状態が続けば、だれでも気が重くなったり、イライラしたり、落ち込んだりするでしょう。このような状態は、ほとんどの人が脅威だ、大変だと評価すると思います。そのことに対してどう考えるのがよいのでしょうか。

コーピングの種類には、問題直視、情動焦点、問題回避などがあります。
問題を直視し、問題点を洗い出し、どう改善したらいいか対応方法を考えるのが「問題直視型」コーピングです。ただ日々悪戦苦闘して疲れ果てている、自信喪失しているときに、「頑張れ」「問題点を考えろ!」と言われてもなかなか考える気力がわかないのも現実だと思います。

「情動焦点型」コーピングは、そういうときに同僚や先輩、家族に大変さを聞いてもらうというものです。
また、あまりにつらいときには美味しいものを食べてぐっすり寝るなどの「問題回避型」コーピングを用いるのも、有効だと思います。

しっかりと問題と向き合うための気力を取り戻すことも大切です。
教職員の皆さんは真面目な方が多く、何とかしようと日々疲弊し、じっくり考える気力すらなくなっている(「悩む元気すらない」)こともあるのではないでしょうか。

「回避する、避ける」というと、いけないことをしているように思うかもしれませんが、体調を調整し、気持ちに余裕がある状態にしないと、問題点を考えることができないと思います。ときには退却して、作戦を練る余裕をつくることも方法の一つです。

最近では、「どのコーピング方法がよいか」という単純なことではなく、コーピングの方法をいくつも使いこなし、状況に合わせて、柔軟に方法を変えることが重要だと言われるようになっています(※3)。

教職員の仕事は児童生徒、保護者など相手の気持ちを理解して援助を行わなければならず、自分の感情がときにはひどく揺さぶられ、感情的に巻き込まれてしまい、気づかないうちに情緒的に疲弊してしまいます(※2)。

自分自身の感情をしっかりと把握し、「余裕がなくなっているから少し体調を整えよう」、あるいは「今日は頑張って明日余裕をつくろう」など、いろいろなパターンを自分で調整することが大切だと思います。

「ストレス反応」にはリラクセーションを図る

次に、「ストレス反応」に対するコーピングとしては、身体の緊張をほぐし、感情の興奮を鎮めるリラクセーションがあります。また、心身の興奮に対してはスポーツやウォーキングなどが効果的(※4)と言われています。

緊張状態が続き、不安で落ち着かなくなっているときには、リラクセーションとして漸進的筋弛緩法(※5)などで身体を整えることも有効でしょう。気持ちがイライラし、発散しないと落ち着かないようであれば、水泳やウォーキングがよいかと思います。

漸進的筋弛緩法のやり方

基本動作

各位の筋肉に対し、10秒間力を入れ緊張させ、15~20秒間脱力・弛緩する。
身体の主要な筋肉に対し、この基本動作を順番に繰り返し行っていく。各部位の筋肉が弛緩してくるので、弛緩した状態を体感・体得していく。

各部位の動作

1 両手 両腕を伸ばし、掌を上にして、親指を曲げて握り込む。10秒間力を入れ緊張させる。手をゆっくり広げ、膝の上において、15~20秒間脱力・弛緩する。筋肉が弛緩した状態を感じるよう教示する。
2 上腕 握った握り拳を肩に近づけ、曲った上腕全体に力を入れ10秒間緊張させ、その後15~20秒間脱力・弛緩する。

以下、緊張させる部位について記述する。10秒間緊張後、15~20秒間脱力・弛緩する要領は同様である。

3 背中 2と同じ要領で曲げた上腕を外に広げ、肩甲骨を引き付ける。
4 両肩を上げ、首をすぼめるように肩に力を入れる。
5 右側に首をひねる。左側も同様に行う。
6 口をすぼめ、顔全体を顔の中心に集めるように力を入れる。
(筋肉が弛緩した状態=口がぽかんとした状態)
7 腹部 腹部に手をあて、その手を押し返すように力を入れる。
8-1 爪先まで足を伸ばし、足の下側の筋肉を緊張させる。
8-2 足を伸ばし、爪先を上に曲げ、足の上側の筋肉を緊張させる。
9 全身 1~8までの全身の筋肉を一度に10秒間緊張させる。力をゆっくりと抜き、15~20秒間脱力・弛緩する。

文部科学省/在外教育施設安全対策資料【心のケア編】より引用
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/002/003/010/004.htm

「ストレス反応」に対するコーピングについても自分の状態に合ったものを選択し用いることが大事です。

時間がとれないなら、せめて湯船に浸かったり、ストレッチをしたりするなど、短い時間でもやれることをみつけることも大切だと思います。朝日を浴びて少しストレッチするだけでも身体はほぐれます。

教職員のバーンアウト軽減方法

以前、教職員の方々にバーンアウトの軽減に必要な要素をアンケートしたことがあるので、その結果を下の表に示します(※6)。

中学校教諭職における効果的なバーンアウト軽減方法

1 学校運営の見直し(制度や分掌) 22.2%
2 学校内でのコミュニケーション、支え合い 20.7%
3 教職員の定数増加 18.9%
4 趣味や楽しみをみつける 15.9%
5 仕事に対する考え方の変容 15.9%
6 勤務時間の厳守 15.2%
7 事務・雑用仕事の軽減 8.5%
8 管理職の姿勢・理解 7.4%
9 仕事そのものの精選 6.7%
10 授業時間数を減らし空き時間確保 5.9%

見ていただくとわかるように、個人でできることは、「趣味や楽しみをみつける」「仕事に対する考え方の変容」「仕事そのものの精選」の3つでした。

学校全体での取り組みや制度改革はもちろん重要ですが、まずご自身を守るためにも、ご自身の感情状態を把握し、その状態にあった方法を選んで、自分を調整していくことが大切だと思います。

引用文献

(※1)貝川直子「学校組織特性とソーシャルサポートが教師バーンアウトに与える影響」『パーソナリティ研究』17(3),270-279.(2009)
(※2)奥野洋子「教師のメンタルヘルス」『近畿大学臨床心理センター紀要』6,33-41.(2013)
(※3)椋田容世・小野圭司「若手教師のメンタルヘルスのための実践的取り組みの検討-教員メンタルサポートプログラム-」『埼玉大学教育学部附属教育実践総合センター紀要』13,77-83.(2014)
(※4)大野太郎「メンタルヘルスとストレスコーピング」『児童心理』990,98-102.(2014)
(※5)門前進『イメージ自己体験法-心を味わい豊かにするために-』誠信書房(1995)
(※6)宮下敏恵「小・中学校教師におけるバーンアウト軽減方法の探索」『上越教育大学研究紀要』28, 95-104.(2009)

著者プロフィール

上越教育大学学校教育研究科教授、博士(人間科学) 宮下敏恵

上越教育大学学校教育研究科教授、博士(人間科学) 宮下敏恵

1991年早稲田大学人間科学部人間健康科学科卒業、1994年早稲田大学大学院文学研究科修士課程心理学専攻修了、1998年早稲田大学大学院人間科学研究科博士課程健康科学専攻修了、早稲田大学人間科学部助手、上越教育大学学校教育学部講師を経て、現職。 1997年4月財団法人日本臨床心理士資格認定協会認定臨床心理士(登録番号第6631号)資格取得、2001年10月 日本教育心理学会認定学校心理士資格取得。