これまで3度の育休を取得しました
子どもが3人おり、職場復帰の時期なども考慮しながら都度育児休業を取得してきました。
はじめての育休の時は、学校の動きが気になることもあり、引継ぎや事務連絡のため以外にも用事を見つけては学校を訪れていましたが、3度目の時には新型コロナウイルスの感染拡大が始まってしまったこともあり、学校を訪れることはほとんどなくなりました。
しかしこの間にコロナ対策関連や市のシステムの変更等があり、産休育休代替の学校栄養職員から連絡が入るたびに、復帰することへの不安が大きくなりました。
大きかった家族の協力
家庭では、夫をはじめとする家族の協力がありとても助かりました。夫はできる限り定時で帰宅してくれ、家事や育児にも積極的に関わってくれました。
義父・義伯母と同居しているため、子どもたちを見ていてもらえる時間があり、安心してミルクを作ったり家事を進めたりすることもできました。
そんな家族の協力のおかげで、「生まれてから離乳食が完了する1歳頃までは、自分で育て、成長を見届けたい」という希望を3度とも叶えることができました。
子どもの成長を間近で見られたことや、離乳食を自分の考え通りに進められたことなど、子どものことだけを考えて過ごすことができたことは、本当に幸せな時期だったと思います。
育休中に感じた不安
3回とも、産休育休代替の学校栄養職員の決定時期が遅く、産休に入る直前でようやく決まるといった状況でした。
本務校の業務についても十分な引継ぎができず、兼務校に至っては私の代わりに誰が担当するのかが決まらないままの産休突入で、市教委に対しての憤りもかなり感じましたし、産休に入ることが本当に不安でした。
そのため、産休に入ってからも引継ぎのために学校を訪れたり、自宅で少し仕事をしてデータを学校に届けたりという時間が生じました。
育休に入ってからは、収入面の心配が大きかったです。
3回目の育休時には家族が7人となり、食費もかなりの額でした。手当が出ている間はまだ良かったのですが、完全に収入がなくなった約4カ月間は、通帳の残額がどんどん減り、定期は崩さなかったものの最後にはマイナスにまでなり冷や汗をかきました。
それでも絶望せずに過ごせたのは、希望した時期に職場復帰ができ、復帰さえすれば収入が約束される教職員だからこそで、幸せなことだと思います。
夫の育休取得は…
夫も、家族のために育休を取得したいという思いが強くあり、収入面や職場への影響など、色々なことを考えて何度も相談してくれました。結果的に取得には至りませんでしたが、夫の家族愛の深さが感じられ、とても嬉しかったです。
夫が育休取得を断念した1番の理由は、収入が減少することでした。
預貯金を切り崩して生活することも可能ではありましたが、子どもたちの今後のためにと貯めているお金でもあるので、手を付けることはできませんでした。収入面の心配をせずに生活できる見通しがあれば、夫は迷わず育休を取得したことと思います。
職場復帰にあたり戸惑ったこと
育休中に学校給食費の徴収が私会計から公会計に変わり、新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、市内で新しい学校給食センターの稼働も始まりました。
その他にも色々なことが産休前とは変わっていて、どのように対応したらよいか戸惑いました。
また、保育園に通い始めた子どもによくある体調不良への対応で、大事な会議がある日に家族看護等休暇を取得することになり、たくさんの人に迷惑をかけてしまいました。
これから育休取得を検討している皆さんへ
育休取得を希望する方、希望しない方、色々な考えや事情の方がいると思いますが、ご自身の育児に関する希望を最大限叶えるために、最良の選択をしていただきたいなと思います。
私の場合も、産休・育休を取得することで職場に迷惑をかけてしまったことや、職場復帰時に感じた時代の変化への戸惑い、家計を圧迫した収入減など、色々な面で大変な思いをしましたが、「生まれてから離乳食が完了する1歳頃までは、自分で育て、成長を見届けたい」という希望が叶い、育休を取得できたことを幸せに思います。
現在、私たちが育休を当然のように取得できるのは、仕事を辞めることでしか育児に専念できなかった時代に「育休」という制度ができるように頑張ってくださった先輩方のおかげだと思っています。そんな先輩方も私たちの育児を応援してくれているのだと思えば、育休取得への抵抗もわずかに減少するのではないでしょうか。
トピックス
採用時に訳も分からず加入していた保険・共済があり、産休に入る前に保障の見直し相談をしました。良い機会だったと思っています。