「大津市いじめ事件」の調査報告書から考える④

2020年6月3日

滋賀県大津市の全小中学校で行っている、いじめに関する実態調査を分析します。
今回はいじめとストレスの関係性を考えます。

いじめとストレスの関係

大津のいじめ自殺事件を受けて、大津市ではさまざまないじめ対策を行っています。その試みの中で、全学校を対象とした、いじめの問題解決のための実証的調査があります。私は民間メンバーとしてこの調査の設計に関わってきました。その結果を踏まえ、これまで数回に分けて、調査から見えてくるいじめの実態を説明してきました。
平成29年に行った調査では、児童・生徒のストレス状況といじめの関係についても調査しました。「前の学年のとき、ストレスを感じたりする時間帯があったか」を尋ね、また、「そのストレスに対してどのように対処したのか」を聞くという仕方です。

これまでの連載でも指摘したように、ストレスが大きくなると、児童・生徒にさまざまな「逸脱行動」をもたらします。いじめも実は、その一つです。この「ストレッサー說」を、より具体的に見ようというのが、この調査項目の狙いでした。

その結果、6割近い児童・生徒が、学校ストレスや家庭ストレスに晒されていることがわかりました。

中学校と小学校との比較では、部活動でのストレス体験が急激に増えている点が特徴的です(図1)。
忘れないでいただきたいのは、児童・生徒にも「過労」があるということ。実質的に休む時間がしっかりと確保されないと、疲労やイライラにつながるということです。

放課後に行われる部活は、発散の場所だけではなく、ストレス生産の場所になっているという事実は、部活動に熱心に取り組む教職員の方にとってはショックなデータかもしれません。

 

そのストレスは、どのような仕方で発散されているのでしょう。趣味の時間を持つことでマネジメントできている児童・生徒が半数近くいる一方で、自覚的にコントロールできず、暴力や自傷に結びつけてしまう児童・生徒が少なくありません(図2)。

 

そもそも学校というのは、社会の中でも特殊な場所です。「休み時間」といいつつ、学校で児童・生徒の権利や自由はあまり確保されていません。「5分前着席」「教室から外にでてはいけない」「他の階に行ってはいけない」といった校内ルールがあるため、児童・生徒たちは教室に居続けることを求められる。

一方で、「私物の持ち込み禁止」のため、読書やゲーム、ネットサーフィンなど、趣味で一息つくことが許されません。大人なら、散歩したり、飲み物を飲んだり、スマホをいじったりしながら「休み」を取るわけですが、学校の「休み時間」は、あくまで「非・授業時間」でしかない。発散の方法もなく、他方でストレスを溜め込みやすい「不機嫌な教室」の構造がここにもあります。

また、家庭ストレスの高さも気になるところです。公教育が、どのような家庭に生まれても、安全・安心な教育機会を保障するものなのであれば、各家庭の問題も、「学校にくれば安心」というような環境を作ることが理想です。
しかし、現状は、学校でも家庭でもストレスを覚えるという児童・生徒が多く放置されています。生きる力を身につけるためには、学問だけでなく、メンタルヘルスについて配慮する能力も重要です。

 

加害発散の頻度が高い児童・生徒はストレスを高く感じる傾向に

ストレスを感じる時間帯と加害発散をクロス集計すると、加害発散の頻度が高い児童・生徒は、すべての時間帯においてストレスを高く感じる傾向があります。逆に、加害発散が少ない子どもは、「ストレスを感じる時間帯はなかった」という回答の割合が高くなっています(図3)。ストレッサーといじめの関係が確認されたということになるわけです。

 

問題視すべきは、学校ストレスの中では、授業ストレスに次いで、休み時間のストレスが高いことです。クラスメイトなどとのコミュニケーションによるストレスが高まり、そこから加害へと発展していく。そんな実態が浮き彫りになりました。
こうした現状を踏まえ、児童・生徒のストレスケアを授業に取り込んでいく試みや、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーの配備などが各地で進められています。

大津市では事件以降、役所の中にいじめ対策推進室という専門チームを設け、さまざまなデータを踏まえながら行動計画を策定し、相談ダイヤルの充実、ゲストティーチャーによる講義、アクティブラーニングの実践、複数担任制の拡充、休み時間や下校時の見守り活動などを進めています。

 

大人が児童・生徒のストレスを取り除く

最も重要なのは、そもそも大人が児童・生徒のストレス源にならないということ。そしてストレスを取り除く側になるということです。 わかりやすい授業を行い、楽しい教室づくりを行い、トラブルに対して適切に対処し、理不尽な指導をせず、児童・生徒同士のコミュニケーションに対して適切に配慮する。
「生徒指導」という言葉が日本では重視されていますが、むしろサポートとケアという観点が、どの児童・生徒への教育でも重視される必要があります。

大津市のいじめ傾向は、全国傾向と大きく違いがあるわけではありません。このデータは、他の自治体の傾向を知るためにも参考になるでしょう。
他方で、大津市のように、自分の自治体の傾向を把握したうえで、具体的な行動策定や政策評価を行うことはとても不可欠です。こうした試みは、地域差が大きくあります。根拠に基づいたいじめ対策を、各地域で進めていく必要があるでしょう。

まずはあなたのお住いの地域で、あるいはお近くの学校で、いじめ対策がどうなっているか。いじめの実態がどうなっているのか。あてずっぽないじめ対策をする前に、その確認から、動き始めてみてはどうでしょうか。

※図1~図3:平成29年度いじめについてのアンケート【調査結果報告書】 (平成30年1月大津市)
(この記事は教職員共済だより167号(2018年7月発行)に掲載されたものを再掲載しています)

著者プロフィール

荻上チキ

荻上チキ

1981年生まれ。シノドス編集長。評論家・編集者。

主な著書に『ネットいじめ』(PHP新書)、『社会的な身体』(講談社現代新書)、『いじめの直し方』(共著、朝日新聞出版)、『ダメ情報の見分け方』(共著、生活人新書)、『未来をつくる権利』(NHK出版)など

NPO法人ストップいじめ!ナビ http://stopijime.jp/