「大津市いじめ事件」の調査報告書から考える③

2019年12月3日

滋賀県大津市の全小中学校で行っている、いじめに関する実態調査を分析します。
今回は道徳の授業との関わりを考えます。

道徳の授業が教科化

前回に引き続き、今回も大津市で行った、全校いじめ調査を元に議論をしていきましょう。
その前に小学校では2018年度、中学校では2019年度から、道徳の授業が教科化されました。その大きなきっかけは、大津市のいじめ自殺事件でした。道徳を教科化することで、痛ましい事件が繰り返されないようにというのです。
しかし、こうした議論を展開していた人たちは、まず間違いなく、大津市のいじめ事案について無理解であったと言えます。それはなぜでしょう。

2011年に起きた大津市のいじめ自殺事件、それが起きた中学校は、文科省の「道徳教育実践推進事業」の指定校でした。その学校では、道徳教育の主な目標のひとつとして、いじめのない学校づくりというものがうたわれていました。
また、第三者によるいじめ報告書を読むと、いじめがエスカレーションしたタイミングのひとつが、道徳の授業の後であることがわかります。そのため、報告書では、「いじめ防止授業(道徳教育)の限界」という説を設け、いじめ問題に取り組むためには、道徳授業などに偏重することのない、総合的な環境是正が必要であるという提言をしています。

道徳教育のモデル校でいじめ自殺が発生した―。
そんな事例を受けて、「いじめ対策のために、道徳を教科にしよう」と主張することは、どう考えてもおかしいでしょう。そもそも道徳教科化の推進論者は、その政策がいじめ対策に効くという論拠を示せていません。つまり、もともと道徳を教科化したい人たちが、大津の事件を政治利用したというわけです。

その授業の枠組みをどう使うか。それによっても効果は変わるでしょうが、教科が増えることで、教師の多忙感が増し、生徒と向き合う時間が減るのであれば、本末転倒です。日本の教育論議の歪みを象徴するような出来事だと思います。

 

具体的なSOSの発信法、相談体制の周知と解決への約束が必要

さて、大津市のデータの話に戻りましょう。
大津市で行った調査(2017)では、実際にいじめを受けた経験と、これからいじめを受けたときに相談したいと考える相手を、クロスして集計しています。その結果、前の学年のときにいじめを受けた人は、これからいじめを受けたとしても、誰にも相談しない(しなかうた)と答える割合が高くなっていました。
これは、すでにいじめを受けた際に、誰にも助けてもらえなかったことにより、相談することでの解決期待が下がってしまっている可能性が考えられます(図1)。

いじめに関する授業をするのであれば、「いじめをしないようにしましょう」「見て見ぬ振りをしないようにしましょう」といった精神論ではなく、「具体的なSOSの発信法」と「相談体制の周知と解決への約東」が必要となるのです。

次に、いじめを受けた経験の有無と、いじめを見たときに実際にとった行動をクロスしてみましょう。
すると、いじめを受けた人の方が、「何か1つでも良いことをした」割合が高くなっています。被害経験を通じて、いじめという行為に対する同情心が湧きやすくなるということです(図2)。

他方で、いじめの目撃経験と、いじめに対して「どんな理由があっても、いじめは絶対にいけないことだ」という認識とをクロスしてみると、いじめを見なかうた人の方が、「そう思う」割合が高くなっています(図3)。

いじめを実際に目撃することで、「しょうがないことだ」「いじめられる方も悪い」と、誤った合理化を行ってしまう可能性があります。
実際、いじめの目撃経験と、いじめに対して「いじめられる人にも原因がある」という認識とをクロスしてみると、いじめを見た人の方が、「そう思う」割合が高くなっています(図4)。

 

 

調査データから読み取れること

こうしたデータは、いじめについてどんな授業をすればいいのかという示唆を与えてくれます。
実際にいじめを目撃すると、被害経験のある人は同情心を示すが、逆に全体としては、いじめ行為を正当化する傾向が高まってしまう。また、いじめられた経験を実際に持つ人は、より大人への相談から遠ざかってしまう。
そうであれば、「被害にあったときの相談方法」の学習にあわせて、「いじめ被害を仮想的に体験する」ことが重要でしょう。それは、漠然と「いじめが悪いことだ」と観念的に教わるのではなく、防災訓練や救命訓練のように、実際に体が動けるように練習するということです。

道徳の授業をいかに活用するかは手探りでしょう。
その時間を活用して、マイノリティなどの人権問題や、子どもたちが有する権利の話をするなどをしてくれればいいのですが、とりあえずいじめに関する授業は必須項目とのこと。
であれば、漫然とした「徳育」ではない具体的な実践、すなわち、児童・生徒とともにいじめの起きにくい環境を作り上げ、被害を早期に防ぐためのノウハウを伝達することが期待されます。

 

図1~4:平成28年度大津市いじめの防止に関する行動計画モ二タリングに係るアンケート調査結果 より
(この記事は教職員共済だより166号(2018年4月発行)に掲載されたものを再掲載しています)

著者プロフィール

荻上チキ

荻上チキ

1981年生まれ。シノドス編集長。評論家・編集者。

主な著書に『ネットいじめ』(PHP新書)、『社会的な身体』(講談社現代新書)、『いじめの直し方』(共著、朝日新聞出版)、『ダメ情報の見分け方』(共著、生活人新書)、『未来をつくる権利』(NHK出版)など

NPO法人ストップいじめ!ナビ http://stopijime.jp/