いじめの追跡調査から考える~リスクの高さや場面に応じた予防と対策~

2018年5月21日

いじめの議論をするとき、人はしばしば、「いじめっ子」「いじめられっ子」という二者関係を想定し、固定的なイメージを持ちがちです。しかし、実際は、そうした単純な構造で捉えることはできません。国立教育政策研究所が行っている追跡調査を元に、リスクの高さや場面に応じた予防と対策を考えます。

エスカレートさせない早期発見・解決が重要

いじめの議論をするとき、人はしばしば、「いじめっ子」「いじめられっ子」という二者関係を想定し、固定的なイメージを持ちがちです。しかし、実際は、そうした単純な構造で捉えることはできません。

国立教育政策研究所が行っている追跡調査があります。これは、小学4年生から中学3年生の間、同じ児童・生徒たちに半年おきにアンケートをとり続けることにより、いじめの被害と加害の変化などを追っていくことのできる貴重なデータです。

6年間、計12回の調査では、「いじめを受けましたか?」という漠然とした聞き方ではなく、半年おきに、具体的な行為の有無について聞いています。

コミュニケーション操作系いじめの代表である「仲間はずれ・無視・陰口」のデータを見てみると、小学4年生からの6年間で、約9割が被害・加害両方の経験を持っていることがわかります。(図1)
こうしたことから、「いじめは誰にでも起きる現象」と言うことができるでしょう。
地方でその頻度に注目をしてみましょう。12回の調査のうち、12回連続で被害を受けたという児童・生徒も、加害を続けたという児童・生徒もいます。
半分の6回で区切っても、被害・加害ともに、4割近くの児童・生徒が経験し続けています。

質的な面にも注目してみましょう。図2は、暴力系いじめのうち、より攻撃的な手段を経験した割合を表しています。仲間はずれなどもいじめと比べると、経験率が全体として下がることがわかるでしょう。そのうえで、被害を受け続ける児童・生徒、加害を続ける児童・生徒が一部、存在することがわかります。

これらの図を見ると、「いじめは誰にでも起こりうる」が「いじめ加害・被害を特に繰り返してしまう児童・生徒もいる」ということがわかります。
特に、コミュニケーション操作系のいじめは誰にでも起こるとまでは言えません。

また、激しい暴力系いじめは、急に発生するものではありません。第2回の連載で触れたとおり、いじめというのは段階を経て育っていく=エスカレートしていくものです。

激しいいじめにまで育たないようにするには、早期発見・早期解決が重要です。

一方で、そもそも軽微ないじめの発生率を抑止するには、いじめが発生しにくい教室づくりが必要となります。また、加害を繰り返す一部常習児童・生徒に対しては、複数の専門家とともに丁寧なアプローチを重ねていく必要があります。

いじめ被害を受け続けてしまう児童・生徒のことを、ここでは「いじめ被害ハイリスク層」と呼びます。誰もが過ごしやすい教室を作るためには、「いじめ被害ハイリスク層」にも配慮した教室づくりが必要です。
例えば、外国にルーツを持つ児童・生徒、障がい者、セクシュアルマイノリティなどです。

 

セクシュアルアイノリティへの配慮も意識して行う

今回は、セクシュアルマイノリティについてとりあげます。
最近ではLGBTという呼び方も広がってきました。L=レズビアン、G=ゲイ、B=バイセクシュアル、T=トランスジェンダーの頭文字をとったものです。

NPO「いのちリスベクト。ホワイトリボンキャンペーン」が、当事者たちに行った調査は、重要な示唆を与えてくれます。

図3が表しているのは、LGBT当事者たちの多くがいじめを経験しているのみならず、性的ないやがらせを多数経験していることです。特に性別違和男子(戸籍上は男性だが、男性として生きることに違和感を抱いている者)が、多くのいじめで高い被害率を示すことがわかります。

これはテレビなどで、「オネエキャラ」が頻繁に笑いの対象になるため、「おかまっぽい」「女みたい」「女みたい」「なよなよしてる」といった理由などで攻撃の対象として社会的にラベリングされていることも関わっているでしょう。

そうしたなか、特に教師などの大人が、安易に「ホモネタ」「オネエネタ」などで笑いを取り、当事者を嘲笑するようなことがあってはなりません。
次に、いじめを受けた時期についての回答を見てみましょう。
通常、個別のいじめ行為についてアンケートをとると、小学生高学年をピークに減少していくことがわかっています。

他方でLGBT当事者は、中学3年間でのいじめ被害率が高い(図4)。
これは、思春期になることで性の在り方について関心が芽生える時期であることが関わっていると言えます。

学校の教科書には、「思春期になると誰もが異性に興味を持つ」などど書かれており、LGBTの存在が見えにくい。さまざまな調査に基づくと、この社会には人口のうち、5%以上の割合でLGBTが存在するにも関わらず、です。

思春期の時期にいじめの対象となることは、より大きく自尊心が傷つけられるだけでなく、高校進学の時期に被害を受けることにより、進路決定にも影響を及ぼすことが考えられるでしょう。

いじめの継続期間(図5)を見てみると、LGBT当事者の多くは、数年以上のいじめを経験していることがわかります。
社会的に蔓延している差別を、子どもたちが内面化し、いじめのターゲットにしやすい現状が浮かび上がります。

これらのデータを見ると、まず前提として、誰もが過ごしやすい教室を作ることが重要であること。それに加えて、社会的差別を受けている人たち、つまりは学校におけるいじめ被害ハイリスク層に対する、正しい知識や共感性を育む授業なども、需要になることがわかります。

社会科であれ道徳であれ家庭科であれ保険体育であれ、どの授業でもしっかりと、さまざまな人権問題を伝えていく必要があるのです。

 

(この記事は教職員共済だより162号(2017年4月発行)に掲載されたものを再掲載しています)

著者プロフィール

荻上チキ

荻上チキ

1981年生まれ。シノドス編集長。評論家・編集者。

主な著書に『ネットいじめ』(PHP新書)、『社会的な身体』(講談社現代新書)、『いじめの直し方』(共著、朝日新聞出版)、『ダメ情報の見分け方』(共著、生活人新書)、『未来をつくる権利』(NHK出版)など

NPO法人ストップいじめ!ナビ http://stopijime.jp/