統計と理論で読み解く「いじめ対策」2

2016年9月21日

いじめは、「善/悪」の問題とはまた別に、「アウト/セーフ」の問題なのだという視点が必要です。いじめをすべて「アウト」にするため見直すべき点は「本人の資質」より「環境要因」です。逆転の発想から、より具体的な「いじめ対策」を考えます。

見直すべきは「本人の資質」より「環境要因」

突然ですが、ここでひとつ質問です。
どうすれば、教室でのいじめを「増やす」ことができると思いますか?ぜひ真剣に考えてみてください。

例えば、こういうのはどうでしょう。

  • 児童にストレスを与えていらいらさせる。
  • 先生が率先して特定の児童をいじる。
  • 小さなトラブルを見て見ぬふりし、エスカレートするのを待つ。
  • 仲のよくない者同士でグループを組ませる。
  • 相談を受けても対処せずに放置する。
  • 大人の目が届きにくいような場所を増やす。
  • 同性愛差別などの言動を大人たちが子どもの前でとり続ける。
  • 教職員の仕事を増やしたり人数を減らしたりして、個別のトラブルに手が回りにくくする。

どうでしょう。じっくり考えれば、いろいろなアイデアが思い浮かぶのではないでしょうか。

いじめについて議論をする際、しばしば「いじめを減らすなんて無理だ」という反応が見受けられます。しかし、「いじめを増やすなんて無理だ」と思う人は少ないのではないでしょうか。
実際、ワークショップなどでこうした質問を投げかけると、具体的で現実的なアイデアの数々が、参加者の中から出てきます。

「いじめを増やす」ことができるのであれば、「いじめの数は、条件によって増減する」ということが確認できます。そして、「いじめを増やす要因」について考える作業は、そのまま「どの環境を改善すればいじめを抑制できるのか」という発想につながります。

次のようにさまざまな点での検討課題が浮かぶでしょう。

  • 児童のストレスに配慮した教室づくりを行う。
  • 先生が特定児童にラベリングをしない。
  • トラブルの初期段階から介入する。
  • 集団行動を無理強いしない。
  • 相談を受けやすい体制をつくる。

いじめについてはこれまで、被害者と加害者の心理にばかり焦点があたりがちでした。
しかし、いじめなどの行為は、「本人の資質」と「環境要因」の双方が関わります。
大人ものびのびとした環境ではにこやかに過ごせますが、ストレス下に置かれれば行動が変わる。育児ストレスから虐待をしてしまう親がその典型でしょう。あるいは、ハラスメントが多い会社もあれば少ない会社もあるように、大人の集団でも、組み合わせや環境によって行動が変わります。
子どもだって同じこと。環境のあり方によって、いじめが増えたり減ったりするのです。

つまりは、さまざまな条件が、「不機嫌な教室」をつくり出すのです。
しかも「不機嫌な教室」は、いじめだけでなく、不登校や非行などの問題を生じさせます。そうならないように、「不機嫌因子」を丁寧に除去することも、教育の役割です。

いじめ対策というのは、「発生したいじめに対応する」「いじめをしないように教育する」ばかりがすべてではありません。

例えば日本の場合、小学校中学年から中学生までの時期に、多くのいじめが発生しやすい。
ソーシャルスキルの問題もありますが、環境的な要因も多々あります。集団行動が強制されやすいこと、学校と家庭以外の居場所が少ないこと、授業内容と全体理解度とのミスマッチが目立つことなど、さまざまに考えられます。

また、いじめの発生場所にも特徴があります(図)。
日本の場合、特に休み時間の教室で、同じクラス内で発生しやすい。『いじめの国際比較研究』によれば、イギリス、オランダ、ノルウェーでは校庭でのいじめが最も多くなっています。

国の文化や制度によって、頻出するいじめのパターンが異なるということは、環境によっていじめの仕方も変化するということですね。

いじめの「セーフ」を「アウト」にする

一方で共通しているのは、大人の目が届かない場所、大人の目を盗める場所でいじめが発生しやすいことです。
いじめは、「善悪の区別がつかない子どもが行うもの」という主張がありますが、それは正確ではありません。多くの子どもは、いじめが「悪いこと」であることを知っています。だからこそ、大人に見つかって叱られないような仕方で、それを実行してしまうのです。
大人だって、人目のつかないところでは赤信号を渡るでしょう。抑止するには、通報されやすい、早期発見されやすい環境をつくることが必要です。

すなわちいじめは、「善/悪」の問題とはまた別に、「アウト/セーフ」の問題なのだという視点が必要です。
赤信号で渡るのは「悪」だが、誰も見てないから「セーフ」、何人かが先に渡ったから「セーフ」、急いでいるから「セーフ」、といったような具合に。

いじめが悪だと分かっているが、「あの先生の授業中ならセーフだろう」「あいつ相手ならセーフだろう」「誰も見ていないならセーフだろう」「楽しいからセーフだろう」といった形で、特定条件下では、集団内の理屈によって、暴力や陰口などが「セーフ」なものとされてしまう。
だからこそ、「道徳の授業で善悪の区別を伝える」といった議論ではなく、適切に早期発見・早期対応していくことによって、「いじめはすぐ見つかるからアウトなのだ」と理解してもらうことが重要となります。

「いじめ」という括りにせず、仲間はずれ、無視、陰口といった行為に着目すれば、小学4年生から中学3年生の6年間で、9割の児童が加害も被害も体験しています(日本教育政策研究所調査)。
つまり学校には、「いじめ未満のトラブル」は蔓延しているわけです。

他方で、それらが継続的に特定の児童に向けられ、当人がストレスを感じることで、いじめとしてエスカレートしていくという構図も見逃せません(いじめの被害申告は、統計によっても異なりますが、3割前後という結果が多い)。それがさらに継続することで、極度に暴力的ないじめ事例へも発展していくわけです。

たとえば鈴木智之氏によれば、いじめの「頻度」と、いじめの「程度」は相関する。
要は、いじめが頻繁に行われるほど、その内容はエスカレートしていくということです(表)。

学校内での些細なトラブルは誰にでも起こりうる。しかし、些細なトラブルが放置されると、それがエスカレートし、どんどんいじめが成長していく。いじめは、環境によって育てられる生き物です。だからこそ、どんな環境を養分として好み、どういう対処で懲らしめることができるのか、しっかりと調べていかなくてはなりません。

データですべては語れませんが、データで語れることは意外と多い。
理論だけでは現実に対応できませんが、理論は現実を見通すうえで重要なヒントをくれる。この連載では、これまでさまざまな研究者やNPOが行ってきたリサーチなどを基に、より具体的な「いじめ対策」を検討していきたいと思います。

(この記事は教職員共済だより157号(2016年1月発行)に掲載されたものを再掲載しています)

著者プロフィール

荻上チキ

荻上チキ

1981年生まれ。シノドス編集長。評論家・編集者。

主な著書に『ネットいじめ』(PHP新書)、『社会的な身体』(講談社現代新書)、『いじめの直し方』(共著、朝日新聞出版)、『ダメ情報の見分け方』(共著、生活人新書)、『未来をつくる権利』(NHK出版)など

NPO法人ストップいじめ!ナビ http://stopijime.jp/