統計と理論で読み解く「いじめ対策」

2016年7月6日

学校からいじめをなくすにはどうしたらいいのでしょうか。初回は、日本におけるいじめ調査の現状を確認し、いじめ対策を考えます。

いじめを解決するためにできること

NPO法人「ストップいじめ!ナビ」(以下、いじめナビ)代表理事の荻上チキです。
この連載では、いじめに関する国内外の研究事例を紹介しながら、いじめの具体的解決に向けた議論を行っていきたいと思います。

私が代表理事を務める「いじめナビ」の活動は、2012年にスタートしました。大津市で起きたいじめ自殺に関する報道により、いじめ問題が改めて大きくクローズアップされたことがきっかけです。
大きなメディアイベントと化した当時の報道ですが、その内容は極めてセンセーショナルなものでした。
どのような仕方でいじめ問題を解決しようとしているのかが分からず、「煽るだけ」「叩くだけ」の報道が目立ちました。

日本では、1980年代にいじめが社会問題化されてから、30年以上にわたっていじめ研究が行われてきました。海外でもいじめ現象はあり、その国ごとの研究も行われています。
研究はまだ発展途上ですが、それでも少しずつ分かってきている事実があります。そうした知見が、教育現場、メディア、行政などと共有されていない。

そこで「いじめナビ」は、それらの蓄積を尊重したうえで、行政、教育現場、メディア等とのワークショップなどを通じて情報共有を行うとともに、授業づくりや児童向けのナビサイトづくりを行っています。
また、「いのちの生徒手帳プロジェクト」に代表される、さまざまな取り組みも行っています。
これは、生徒手帳に、いじめ対策のためのページをプリントしようというプロジェクトです。

プロジェクトの背景には、

  1. NPOや行政機関が相談ダイヤルの印刷されたカードを配布してきたが、なかなか浸透しない
  2. 中学校はいじめの認知件数が非常に多い
  3. 日本では、暴力系のいじめよりも、証拠の残りにくいコミュニケーション操作系のいじめが主流となること

などが挙げられます。

そこで、「いじめを受けた時の相談先」「いじめを目撃した際の通報先」および「いじめを受けた際の記録のつけ方」などを生徒手帳に明記し、学期冒頭において校長や担任などから児童・保護者に対し、そのページの存在を告知してもらおうというわけです。

学内連絡先だけでなく、学外のNPOなどの番号も載せることを推奨しています。
この手法であれば、新たに予算を割く必要はありませんし、生徒手帳は多くの児童・生徒が携帯しているので、いざというときにもわかりやすい。

皆さんの学校でもぜひ導入してみてください。導入に関する相談はNPOで受け付けています。
http://stopijime.jp/school/

「いのちの生徒手帳」の例。いくつかの自治体で取り組みが始まっている

日本のいじめ件数調査について

連載では、日本のいじめ傾向とその対策について、データや理論に基づいた解説を行いたいと思いますが、今回は、日本のいじめ件数について考えましょう。

いじめ問題がメディアで大きく取り上げられると、いじめが激増している・凶悪化している、といった印象が広がります。
よく紹介されるのが、文科省の統計データです。しかしこれは、あくまで学校が把握したデータのうち、行政に報告されたもの。つまりは行政側の「認知件数」であって、子どもたちの生活における「発生件数」ではありません。
「認知件数」は、いじめ問題がメディアで大きく取り上げられた年に急増します。行政が緊急調査を行ったり、学校がアンケートや面談を増やしたりするためです。

(出典:文部科学省「平成25年度児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」より)

グラフを見ると、いくつかのタイミングで、いじめ件数が急増し、そのあと数年で減少・横ばいとなることがわかります。
その理由は単純です。

  • いじめ事件がメディアでクローズアップされたこと
  • その結果、文科省がいじめの定義を変更し、より多くの件数がカウントされるようになったこと
  • また、報道を受け教職員や保護者がいじめ問題に敏感になり、短期的にアンケートや面接を増やすこと

こうした条件が重なり、一時的にいじめの認知件数が高まっているのです。

しかしこうした現象は過渡的なもの。数年経てば、いじめ問題に対する取り組みは減ります。
熱心に取り組んでいた先生が異動になるなどして、学校としての試みが継続されていかない。その結果、認知件数が減る。しかしそれは、いじめそのものの発生件数が減ったことを意味しません。
つまりこのデータは、いじめの実際を把握するためには、何の役にも立たないのです。

いじめの「発生件数」を把握するためには、適切なアンケート調査を毎年行い続ける必要があります。
しかし今の日本政府は、そうした統計調査を行っていません。
つまりこの国は、いじめ対策という名のもとにさまざまな試みを散発的には行うものの、どれだけのいじめが生じているのかを、まったく把握していないということになるのです。

「学習環境実態調査」を実施して、いじめの「発生件数」を把握する

では、実際のところはどうなのでしょうか。
国立教育政策研究所が、「いじめ」というキーワードを用いずに行った長期調査(いじめ追跡調査)では、数々のいやがらせ行為はおおむね「横ばい」であると報告されています。
一方で、株式会社ドワンゴが2012年に行った大規模ネットアンケート「いじめに関する107万人アンケート」では、30代をピークに、いじめ被害の報告者が減少しています。
このほかいくつかの調査では、「横ばいであることを示すデータ」や「減少していることを示すデータ」の両方が存在しています。調査方法が異なるので、どちらが正しいのか、現在の私は断言できません。
しかし、文部科学省のデータやメディアの報道ブームから受けるような「いじめピーク」に関する印象は誤りであるとは言えます。

もし政府が真剣にいじめ問題に取り組むのであれば、まずは適切な調査を行う必要があります。
例えば、年に2、3回、「学習環境実態調査」を行うのはどうでしょうか。
児童と保護者にアンケートを配布。「ほかの児童から以下のような行為を受けましたか」「教職員から以下のような行為を受けましたか」として、授業満足度、いじめ、体罰、登校状況(不登校の定義には外れたとしても、登校に困難を感じている児童は統計以上に多いため)、スクールセクハラなどの実態を掘り起こすのです。

いじめについては、「いじめ」という抽象的な単語で聞くのではなく、「嫌なあだ名で呼ばれた」「物を隠された」などの項目ごとに聞き、その期間などを尋ねる。
アンケートは教職員ではなく、第三者が収集し、匿名性を守る。
こうした調査があれば、より実態に近いいじめ件数を知ることができます。

(この記事は教職員共済だより156号(2015年10月発行)に掲載されたものを再掲載しています)

著者プロフィール

荻上チキ

荻上チキ

1981年生まれ。シノドス編集長。評論家・編集者。

主な著書に『ネットいじめ』(PHP新書)、『社会的な身体』(講談社現代新書)、『いじめの直し方』(共著、朝日新聞出版)、『ダメ情報の見分け方』(共著、生活人新書)、『未来をつくる権利』(NHK出版)など

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