「ストレス」を教育でパワーに変えよう!

2023年10月11日

災害時における子どもの心のケアをはじめ、学校教育における「心の健康授業」の普及をめざす兵庫教育大学名誉教授の冨永良喜氏。
教職員共済生活協同組合理事長・岡島真砂樹が、子どもたちや教職員の心の健康、ストレスとの向き合い方についてお話を伺いました。

 

30年間で変わった、災害時の心のケア方法

 

 岡島  冨永先生は、長く災害時における子どもたちの心のケアサポートに従事されていらっしゃいますが、元をたどると阪神・淡路大震災がきっかけと伺いました。

 冨永   はい、そうです。災害時における子どもの心のケアに関しては、阪神・淡路大震災後の兵庫県教育委員会を中心とした活動で構築されたといえます。
どういうものかというと、
① 毎日子どもたちと接する教員による心のケア
② ストレス障害などで不登校になるなど、日常生活にブレーキがかかってしまった子どもに対する、教員とスクールカウンセラーによる支援
③ ①、②対応で難しい場合は、医療支援
こうした複数の方法で支えていく体制です。

多くの子どもたちは災害のショックから回復する力を持っていますので、それを周りの教職員や保護者、地域の人たちがサポートしていくことが肝要です。

 岡島  以前は災害に遭ってからできるだけ早い段階で辛い気持ちなどを吐き出させる方が良いとされていたそうですが、最近は必ずしもそうではないそうですね。

 冨永   そうです。そこが30年前と今とで大きく変わった対応です。1980年代から90年代は、辛い気持ちは早く吐き出させる方がいいといわれていたのですが、2001年の同時多発テロをきっかけに「それは違うのではないか」となったのです。

なぜかというと、子どもも大人も、突然の災害によって自分の主体性を奪われたわけですから、そこから立ち直っていくには、「被災の体験を語りたい」、「避けていたことにチャレンジしたい」といった思いが自ら湧き上がってこなくてはなりません。
それを無理に語らせようとすると、もう二度と語りたくなくなる。これを『回避』というのですが、これがストレス障害のリスクとなります。

 岡島  学校現場では、声を上げられる・反発できる子もいれば、逆に表面上は全くストレスがあるように見えない・見せない子どももいます。
でも声を上げる子どもが出始めれば、クラス全体に伝わって「私もこんなことを考えていた」といった思いを共有できる。それがストレス緩和に繋がるのですね。
でもその広がりを待たず、声を上げた子どもだけをフォローし表面的な対応だけしていると、突然、不登校の子どもが出てしまったりする。

 冨永   ええ。子どもの苦しみなどが見える化できればいいのですが、それについてはストレスチェックなどは非常に有効な方法です。

文科省は子どもたちにタブレットで毎日の体調や気分を入力させ、その結果からハイリスクの子をチェックし、教職員が声をかけるといったようなシステムを推奨しつつあります。
ですが、まず子どもが自分のストレスに気づいて、どう対処したらいいかを学んでおかないと、大人の声かけが空回りになるかもしれません。

 岡島  そうですね。本人があまり自覚していないストレスに対し、周りから「あなたを心配している」と言われても「なんのこと?」と戸惑います。
それに自分のことを表現できる子ばかりでない。「私は別に大丈夫」と、大丈夫しか言えない子どもも出てくるでしょう。

 

ストレスを段階的に学ぼう

 

 冨永   私は兵庫県立大学で減災復興政策研究科という、防災を主とした研究を行っていました。そして2022年4月から週1日、ある教育事務所でスクールカウンセラーをしています。キレる子どもをはじめ、クラスでは色々な揉め事やトラブルがある。そこで担任の先生と一緒に、心の健康授業を進めています。

心の健康授業では、「緊張したときどうする?」「イライラしたときどうする?」という問いかけをセットにして行います。そしてその対処法を子どもたちに聞きます。
「緊張したときどうする?」の対処法は、「練習する」「勉強する」という答えが出ます。一方、「イライラしたときどうする?」では、イライラするシチュエーションのほとんどが人間関係ですので「無視する」「考えないようにする」など、問題に立ち向かう回答は出てきません。出たとしても「言い返す」といった類のものです。

先日行った授業の例ですが、「友だちにイヤなことを言われたときどうするか?」ということを、こんな寸劇形式で学びました。
A君が朝早く教室で勉強している→B君がやってきて「勉強しているの?」と尋ねる→A君は「うるさいからあっち行ってよ」と言う→B君はどんな対応をするか?

① 我慢してその場を離れる
② 言い返してケンカになる
③ 冷静になって「あっち行けなんて言われたのは辛いけど、いつもそんなこと言わないのにどうしたの?」と問いかける。するとA君は「問題が分からなくてイライラしていたんだ」と言って反省し、そこからコミュニケーションが生まれる

子どもたちに聞くと皆、③のアサーティブ(他者を尊重した自己表現)な対応をしたいと言います。

こういった考え方を育てていけば、どんなときでも、いわゆる災害や暴力などに遭遇した際にも立ち向かい方を考えられるようになります。
辛いことがあったときに乗り越えるためには自分の軸が必要です。その軸をしっかり育て、自己肯定感を高めることで、日々の困難に立ち向かっていってもらいたい。

 岡島  何を学ぶにしても、自分の軸があることが大事ですね。心の問題というのは、全てに繋がることなのだとよくわかります。

 冨永   心の健康授業では担任の先生が最後に、子どもたちにメッセージを送ってくれました「ストレスを自分は悪いものだと思っていたけれど、今日みんなと一緒に授業をして、そうではないということがはっきりしました。ストレスをどう使うか、それをエネルギーにして、良い活動へと高めていくことができるんだ」と。

実は「ストレスは悪いものだ」と考える人は長生きしないというデータが、アメリカの公衆衛生の調査結果にあります。ストレスや緊張は、ピークパフォーマンス、つまりエネルギーだという実験研究もある。だから科学的な面からも全学年で心の健康教育、メンタルヘルス教育といったことを授業で取り扱えば、先生方も教えると同時に学ぶ機会となり、先生方の心のサポートにもなると思うのです。

 岡島  確かに、子どもたちとともに考えることによって、教員自身もメンタルについて学び、自分のメンタルについても気づくことはあると思います。

 冨永   ストレスを授業で学ぶことで、ある出来事に対して心に色々な変化が起こるけれど、人には対処する力があるとわかる。たとえば、これから試合や試験がある場合、「みんな1週間前は何をしている?」と質問したら、「練習」「勉強」と答えます。では「直前は?」と聞くと、「深呼吸する」などリラックス方法を挙げてくれます。

「練習」「勉強」「深呼吸する」といった対処は、すべてストレス反応をコントロールする行為です。でも、「練習」や「勉強」だけでは、本番はガチガチになって実力を出せない。逆に「深呼吸」ばかりして「練習」や「勉強」をしていない場合も結果は出ないでしょう。

つまり、練習や勉強といった『問題に立ち向かう対処法』と、深呼吸などの『セルフケア』はセットです。それでうまくいかなければ、誰かに『相談』などして応援してもらう。この3つの対処が大切なのです。
ですが、現在文科省は相談の対処しか推奨していない。自殺予防などもそうですね。

 岡島  「○○に相談しよう」というPRは、よく目にします。

 冨永   例えば、自傷のリスクですが、辛い気分のときに自分を傷つけることで脳内ホルモンが分泌し気分が和らぐといわれています。しかし、繰り返していくと段々耐性がついていき、傷が深くなり、心配なんです。

それで、辛い気分を和らげる自分を傷つけない方法をいくつか提案します。呼吸法や好きな音楽や趣味をする、辛い気分を引き起こした出来事をスクリーンに描く、ノートに書く、信頼できる人に話すなどの中から自分にあった対処法を身につけていきます。

現在、保健体育で「心の健康」を学ぶ機会は、小学5年生と中学1年生のみです。そこで学校現場は道徳の授業でグループでの話し合いなどを用いて、主体性を身につけられる「心の授業」となるよう工夫されています。
ですので、小学校1年生から成長段階に応じた心の健康を学べる仕組みがあるとよいですね。すると、子どもは自分の気持ちに向き合って、それに対してどう対処したらよいのか理解します。

 岡島  そうですね。子どもたちは風邪で2、3日学校をお休みしただけでも、学校へ行くのに気が重くなったり、行きたくないなと思ったりします。
こうした日々のちょっとしたストレスから、「死にたい」といった重いストレスまで、それらにどう対応していくのか。冨永先生のおっしゃる通り、段階的にストレス対処法を学ぶ場を作っておきたいですね。

子どもたちも教職員も、日々、いろいろなストレスを抱えています。この日常的なストレスも突発的な事故や災害で受けるストレスも、どちらも同じストレスだと分かっていれば、その対処法もわかってくる。その場しのぎの教育ではなく、年代に応じた「心の健康」の学びを重ねるのが大事なのですね。

 冨永   おっしゃる通りで、日常のストレスへの対処を積み重ねて行くことが重要です。
東日本大震災の被災地で、「津波」という言葉を聞くだけで身体が硬直し、拒否反応を示す子どもたちがいました。でも「津波」という言葉そのものが、命を奪ったり、建物を壊したりするわけじゃない。
時間が経ち、心の健康を取り戻して「津波」という言葉を落ち着いて使えるようになれば、次の地震や津波が来たときに命を守るための防災教育ができる。岩手県でずっと心の健康サポートをしてきた中で、現場の先生から教えてもらったことなんですよ。

 

 

新型コロナウイルス感染症は災害と同じ

 

 岡島  近年の新型コロナウイルス感染症は、学校にとって災害と匹敵するぐらい大きな問題だったと思います。子どもたちも大きなストレスを抱えていました。

 冨永   新型コロナウイルス感染症の流行は災害といえますね。
災害の種類でいうと、地震による津波災害と似ています。地震が起こって津波が来るまでには時間があるように、コロナも中国での発症から日本で感染者が出るまでに時間差がありました。また、津波に備えて高台に避難するように、コロナでは検疫検査体制や治療体制、あとは感染しないための防御体制などがとられました。

岩手県で毎年行われているストレスチェックでは、コロナ禍の3年間は東日本大震災の2011年に匹敵する強いストレスであったという結果が出ています。コロナは全国規模でしたから、全国の子どもたちが、岩手県の子どもたちと同じようにストレスを抱えていたといえます。

津波とコロナは似ているといいましたが、決定的に違う点が、コロナには人が介在するということ。
人が介在することで、誹謗中傷が生まれます。そのため、コロナに感染した人のなかには、誹謗中傷されたことがトラウマになった方もいます。
またコロナに感染した児童が誰にも感染を言えず、不登校がちになった事例もありました。

 岡島  学校現場も突然の休校だったり、登校してもさまざまな制限があったりで、本当に大変でした。
人間関係でストレスを抱える子どもたちにとってはオンライン授業が良かった半面、学校に行くことでストレスを発散できていた子はストレスを抱えてしまいましたね。

 冨永   コロナ対応が1カ月程度なら「大変だったけど、学校が休めてよかった!」で終われるんですが、3年間のコロナ禍は人と人とを分断してしまいました。
感染を広げないためにと子どもたちまで行動制限されて、強いストレスとなりました。そのため子どもの自殺が2020年から増加し、2022年度は過去最多となりました。だから、次のパンデミックに備えて、本当にそこまでやらないといけなかったのかぜひ検証してほしいですね。
一方で、2020年に子どもの自殺が増えなかった国もあるんですよ。

 岡島  それはどこですか?

 冨永   オーストラリアです。この国はメンタルヘルス教育や、メンタルに対するシステムが非常にしっかりしています。大変な出来事があったときは、これからどうなって、どうすれば元気になれるかという知識がある。だから乗り越えられたのだと考えられます。
日本でも子どもたちの発達段階に応じたメッセージが、たとえば教科書に載っていれば、全ての子どもがストレスについての知識を得られます。

 

教職員がストレスと向き合う方法とは

 

 岡島  教職員も働きすぎによりメンタルが不調になってしまう例がよくあります。現場の感覚からすると、教職調整額を上げるよりも業務を精査して減らしてほしい。今は早く帰れと言われても、結局、家で仕事を持ち帰ってやっているだけの話で、何ら長時間労働が解消されるわけではないんですよね。

 冨永   定時に帰れない状況については、働き方改革でどうにかする必要がありますよね。
私が学校に出入りしていて感じるのは、先生方は個別事案にすごく時間を割いているということです。不登校、いじめ、暴力。そこに親が子どもを守りたい一心で先生に面談を求め、非常に夜遅くまで話し込んだりする。本当に大変だなと思います。

 岡島  最近は、冨永先生のようなスクールカウンセラーをはじめ、さまざまな方が業務をサポートしてくれる体制になってきましたが、まだまだ個別対応があります。教職員の業務を減らすといっても現実的には難しく、保護者対応にしても大変な労力がかかります。

 冨永   教職員の皆さんは、子どもや保護者から暴言や暴力を受けたときでも自分ひとりで飲みこもうとしがちです。自分の中でろ過しようとしたとき、暴言や暴力のストレスがどれだけ心身に影響を及ぼしているのか初めて気づくんです。

その対策の要になるのは、予防教育だと思います。どんな物の言い方、どんな行為が人を傷つけるか。傷ついたときにどうすれば回復できるのかということを事前に学んでおく。
そして、暴言や暴力を使わない怒りや悲しみの表現を、保護者や地域の人たちとも一緒に取り組んでもらう。そして、先生も教えることで学ぶことができます。

 岡島  私が教員だった頃は、状況によって例えば学級会の時間といった、自由裁量的な時間が作れました。なにか問題があれば、直接話し合いをしたり、事例を持ってきてみんなで考えたりする。そういう時間をメンタルトレーニングや予防教育にも活用できればよいのでしょうが、今は、カリキュラム通りに授業を行っていなかったり進行が遅れていたりすると、指導されてしまいます。

 冨永    文部科学省の施策目標2ー2で「豊かな心の育成」を掲げていますが、道徳教育が柱になっており、心の健康教育は位置づけられていません。心の健康授業は、小学校5年生と中学校1年生の「保健」で計7時間しかありません。全学年で心の健康授業ができるよう次期学習指導要領で改訂してほしいですね。

メジャーリーガーの大谷翔平選手が学生時代に作った『目標達成シート』は有名ですが、メンタルトレーニングの知恵を一部の人だけじゃなくて、日本の子どもたち全員に提供できるようになれば、子どもたちをサポートできます。そうなる国になることを希望しています。

 岡島  冨永先生のご指摘通り、教職員は自分ひとりでストレスを抱えがちです。その対策として、ストレスについて学ぶことも大事なことだとよくわかりました。
ひとりで悩みを抱え込まず、教職員の仲間を頼ってみるところからまずは始めて欲しいと思います。

 

冨永 良喜(とみなが よしき)
兵庫教育大学名誉教授。博士(心理学)。専門は災害臨床心理学。阪神・淡路大震災、四川大地震、東日本大震災などで被災地の心のサポートに入った経験から、学校において、心の健康授業の普及をめざす。