
CampBeatプロジェクトは2011年12月をもって終了しました。
世界最大の難民キャンプのひとつ、ケニア・ダダーブでアーティストの「ゆず」さんのよびかけにより、国連UNHCR協会が主催する音楽コンテスト「キャンプビート(CampBeat)」プロジェクト。
6月に日本で行われた投票には、計2,352名の皆さまにご参加いただきました。難民アーティストたちは、プロによるトレーニングを受け、ナイロビにてレコーディングを実現。夢への一歩を踏み出しました。
プロによりトレーニングを受けたアーティストたちの楽曲は「ゆず」さんも驚くほどの仕上がりになっています。難民アーティストたちの楽曲がPC、携帯向けに配信されていますので、ぜひお聴きください!
1位 ゴールデン・ブルー・ガールズ(1,113票) |
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LOVE AFRICA アフリカ大陸の歌(英語)
スーダン難民の13〜16歳の男女4人
難民キャンプ内の隣人同士で構成されるグループ |
リーダーのジェセフィネは、スーダン南部出身。1999年、家が武装集団に襲われ、祖父が殺された。親戚らと数十人でケニアへ逃れ、2000年にダダーブ難民キャンプに来た。歌は2005年から教会で歌い始めた。高校1年生の彼女は「食糧や水も不足しているキャンプでの生活で、ストレスを感じる時はあるけど、歌を歌っている時は忘れられる。」と話す。将来は、弁護士になって、人々の人権が守られる社会作りに貢献したいと考えている。
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エイズ撲滅を訴える歌(スワヒリ語)
ブルンジ難民の14歳と22歳の兄弟2人組 |
1994年にブルンジで内戦が始まり、ある日の夜、寝る準備をしていたら、銃声と近所の人の悲鳴が聞こえた。家族全員で町を離れ、徒歩でタンザニアそこから、ケニアのカクマ難民キャンプへ逃れた。
キャンプでは高等学校まで進学し、卒業間際だった。しかし、母親が事件に巻き込まれ、報復を恐れたため、ダダーブ難民キャンプへ移動。未だに、高等学校の最後の試験を受けられずにいる。
弟のダニエルは1歳から人生のほとんどを難民キャンプで過ごした。父親は牧師で、幼いころから、教会で歌ってきた。エイズ撲滅を歌で訴えた理由は、親友が14歳でエイズで亡くなったから。エイズに対する意識を高めることができればと願う。
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紛争と平和の歌(ソマリア語)
ソマリア難民の24歳 |
ソマリアの内戦で氏族同士の対立が激しくなり、ハウウェ氏族とダロッド氏族として、異なる氏族に属する両親は離婚せざるをえなかった。母親に連れられて難民キャンプに逃れてきてからは、父親とは一度も会っていない。
母親を助けるため、小学校を卒業した後は、高等学校へは進まなかった。「もしCampBeatで優勝したら、世界にソマリアの歌を広めたい」と語る。
ちょっとイイ話
ソマリア難民のアハメドは、CampBeatでのケニアのテレビ出演をきっかけに、ソマリアで生き別れになった兄と電話で話すことができました。
この音楽コンテストを通じて集まった寄付金で、ダダーブ難民キャンプの学校再建を行うことがこのプロジェクトの主な目的です。小学校の建設には1校800万円が必要ですが、たとえば500円で教科書1冊、1500円で長机1台を購入できます。
このプロジェクトに共鳴なさった方々より、国連UNHCR協会へご寄付が寄せられておりますが、学校建設を実現するまでには、まだまだじゅうぶんではありません。コンテストに参加した若者たちの希望を実現するだけでなく、より多くの若者たちが教育を受ける機会を得られるように。夢の実現に向けて励むことができるよう、引き続き皆さまからの厚いご支援をお願いいたします。
2010.10.22
教職員共済生活協同組合は世界的な貢献として、国連UNHCR協会の「キャンプビート(CampBeat)」プロジェクトに100万円を寄付しました。
教職員共済生協は「キャンプビート(CampBeat)」をサポートパートナーとして応援しています。
ケニア・ダダーブ難民キャンプの現状および「キャンプビート(CampBeat)」プロジェクトを知る一助となる資料をご用意しました。PDF形式になっておりますので、授業等でもぜひご活用ください。
教職員共済だより135号「それでもここにあるふるさと(4)」(PDF:約1MB)
教職員共済だより136号「それでもここにあるふるさと(5)」(PDF:約1MB)
教職員共済だより136号「ゆず 北川悠仁さん特別インタビュー」(PDF:約446KB)
教職員共済だより137号「それでもここにあるふるさと(6)」(PDF:約1.2MB)
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